斎藤知一郎氏の銅像

 

 

 

「斎藤知一郎氏の銅像」

  本校の前身である私立田子浦高等学校の理事長は、大昭和製紙株式会社の社長斎藤知一郎氏であった。
昭和30年頃の斎藤氏の胸中には、田子浦高校をどのように発展させるか、その進め方については、いろいろな検討が行われていた。
  困難は承知の上で、敢て私立高校として、思い切った設備をしていくか。それとも充実した設備をして、市か県にその運営を任せるか。
  丁度、この頃、望月軍四郎(角丸証券の設立者)の設立した富士宮実業高等学校は県立に移管されて、富士宮北高等学校となっていたし、内外の情勢を考えてみても、私立学校として、その経営を永遠ならしめるということは中々困難である。そうすると結局、県立に移管することが最も良いことではあるまいか。
  斎藤氏の考えは、やはりここにあった。
こうした意味で、運営は公共の手に任せ、そうしてその設立の費用は自分が寄付しよう。こうした決意が次第に固まり、県への移管という形になった。
  この銅像は、創立10周年を記念し、斎藤記念図書館とともに建てられた。