インドネシアにおける日本のODAについて

―ODA民間モニター視察報告―

                社会科  秋山満代

インドネシアにおける日本のODA(政府開発援助)は役に立っているだろうか?ODAを最大限に活用するためには何が必要だろうか?この二点を私自身の眼で確かめ、答えを探そうと、平成19年度ODA民間モニターの一員としてインドネシアの視察に臨んだ。

 

《視察案件1ジャカルタ特別行政区北ジャカルタ地区プンジャリガン郡
       カマラ・ムアラ村に対する共同井戸設置支援計画

          (草の根・人間の安全保障無償)           

訪問日:平成19年7月22日(日)

ジャカルタ市街から車で約1時間移動した所にカマラ・ムアラ村はある。海の幸で生計を営む小さな漁村だ。ジャカルタ市内のビル街とは全く異なる風景に驚く。防波堤のない海岸線に、真っ黒な暗い海が広っている。  

 この村に共同井戸が設置され、生活用水が確保できたことで、人々の暮らしは以前に較べ楽になったと実感できた。しかし課題は山積している。いまだに生活用水が確保できてない隣組がある。生活用水は確保できても飲料水は買わなければならない。飲料水として利用できるように、浄化するフィルターの設置が望まれる。生活用水を各家に供給するホースは地上にむき出しで、すぐに壊れてしまうように見えた。給水面での改善も必要だと思った。  



《視察案件2》 ジャカルタ漁港リハビリ事業(有償資金協力)  
訪問日:平成19年7月22日(日)

 ジャカルタ漁港はインドネシア最大の漁港である。水産加工施設も整備され、多くの雇用を生み出した。特に女性の雇用が拡大されたことは注目に値する。

 この漁港を作るために日本人技術者が情熱を持って取り組んでいる姿を拝見し、非常に感銘を受けた。ODAはただ単に資金を貸したり、与えたりするものではないはずだ。最も大切なことは、その国を心から慈しみ、その国の人々にとって最も良いものを作ろうという心意気である。その心なしにはODAは活かされない、そう感じた。             

 今後の課題は、現地の人々がこの漁港を維持・管理できる体制をしっかり構築することである。







《視察案件3》ジャワ島中部地震被災地域における一般家屋の耐震
 構造普及計画(草の根・人間の安全保障無償)         

訪問日:平成19年7月23日(月)

 ジャワ島中部地震では、ほぼ同規模の阪神淡路大地震と比較すると、多くの家屋が倒壊していた。それは家屋の多くが、ただ煉瓦を積み上げて作られており、充分な耐震構造を備えていなかったためである。このような家屋倒壊により、大規模な人的被害が発生してしまった。したがって一般家屋の耐震対策を普及する活動は急務である。しかし、以前からの建築方式を変えることは、そう簡単ではない。大工や棟梁を対象に講習会を開いたり耐震構造のモデルハウスを建築したり、耐震構造の家屋を知ってもらうために5年間利用できるカレンダーを作成したり、地道な普及活動が必要だった。是非このような普及活動が実を結ぶことを願いたい。



《視察案件4》ジャワ島中部地震復興支援計画(無償資金協力)          

訪問日:平成19年7月24日(火)

 保健センターには多くの住民が訪れて賑わっていた。歯の治療を受けに来た男性患者、歯科医は女性だ。インドネシアの医師は女性が多い。この保健センターにも多くの女性職員が働いていた。赤ちゃんをつれて検診にやってきた母親達は母子手帳を持っていた。日本の制度が導入されて作られた母子手帳であると聞いた。こんなところにも日本の制度が活きていると思うとうれしかった。 

訪れた小学校、中学校は、現在建築中であった。生徒達は仮校舎で授業を受けていた。

15分もいると汗が流れてくる。涼しい新校舎に早く移って勉強をしたいと、生徒全員が願っていた。未来を生きるインドネシアの子供達を、新校舎は見守り、育ててくれる。そんな気がした。



 

《視察案件5》ボロブドール及びプランバナン考古学公園(有償資金協力)・
           ジョグジャカルタ特別州考古学局文化財修復機材整備計画
          (草の根文化無償)



訪問日:平成19年7月24日(火)・25日(水)

 ボロブドール、プナンバナン寺院を守るために公園が整備され、観光客は確実に増加した。それにより、ホテルや土産物屋等の経済的利益も増え、周辺住民の生活水準も上がった。そういう意味では、この公園が観光資源としての価値を高めていると言える。

 ジャワ島中部地震で大きな被害を受けたプナンバナンの遺跡は危険な状態にある。卒塔婆と呼ばれる小塔のいくつかは、石が崩れ、斜めに傾き、今にも全壊しそうである。修復作業のために足場も設置されていたが、卒塔婆を安全に降ろすには不充分であり、より強固な足場が必要であるという話だった。文化的に重要な遺跡の修復が遅々といて進まないのはもどかしい限りである。一刻も早い修復を願ってやまない。



《視察案件6》中部ジャワ地震復興支援プログラム青年海外協力隊員
          (看護師、栄養士)活動現場(技術協力)        



訪問日:平成19年7月25日(水)

 ジャワ島中部地震によって倒壊した瓦礫がまだ残っている村道を行く。青年海外協力隊の隊員が訪問看護している現場を見させていただいた。地震当時、首まで瓦礫に埋もれ、寝たきりになってしまった患者さんだった。

手当の甲斐があり、最近では車椅子で外を散歩するまでに回復したそうだ。

 ただ単に物を与える援助ではなく、例えば使用法が解らないために正しく活用できていない支援物資もあるので、意味のある援助にする必要性を感じると、隊員は語っていた。

若い隊員達がこの国の人々のために一生懸命手当てしている姿に心を打たれた。温かい気持ちは必ず人々の心に残る。気持ちを込めた援助でなければ、どんなに資金を投入してもやがて忘れ去られてしまうだろう。

 

《視察案件7》メラピ山・プロゴ川流域及びバワカラエン山
緊急防災
計画(有償資金協力)           

訪問日:平成19年7月25日(水)

 

雲が流れ、その隙間からメラピ山が顔を出す。メラ(赤い)、アピ(山)。噴火を繰り返すメラピ山は、人間の微力さを笑っているかのように堂々としている。

 火砕流、土石流を食い止めるために砂防ダムが建設されていた。砂防ダムの役目は大きい。まず住民の命と財産を守る役目がある。次に、砂防ダムに堆積した土砂は良質な砂利として売ることができ、更に砂利採掘の仕事は住民の生活を潤していた。

 ここにも日本人技術者が活躍していた。メラピ山の砂防ダムの技術は、日本に逆輸入され、雲仙普賢岳の砂防ダム建設に活かされているそうである。このような日本人技術者がいることを誇りに思った。

《視察案件8》 地方マングローブ保全現場プロセス支援(技術協力プロジェクト)
訪問日:平成19年7月26日(木)
       

 マングローブ林の遊歩道を歩く。マングローブの根元の地表には無数の小さな穴が見える。蟹穴だ。しおまねきが行ったり来たりしている。上空には羽を大きく拡げ、悠々と飛行する鳥の一団が行く。見晴台に登ると、マングローブの森がずっと奥まで続いているのが見える。思わず深呼吸をしたくなるほど、気持ちがいい。

 しかし、残念なことにマングローブの林の中はごみだらけである。川の上流から、海からごみが流れ込んでくる。当初、1日2時間毎日ごみ拾いをしていたそうだが、拾っても拾ってもごみは減らず、ついに諦めてしまったそうである。早期に公共心を育てる教育をしなければいけないなと切実に感じた。

 


《視察案件9》バリ海岸保全事業(有償資金協力)      

訪問日:平成19年7月26日(木)

 バリ島を訪れる観光客は多い。インドネシアのガイドブックは、ほとんどがバリ島中心である。青く澄んだ海にどこまでも広がる白い砂浜・・・バリ島観光の目玉だ。

 その砂浜が海岸浸食により消失している事実を知らなかった。砂が海流に押し流されるのを食い止め、海底から砂を運び入れ、もとの砂浜に復元する工事が行われていることを初めて知った。日本人技術者の手により、美しい海岸が戻ってきたことは、観光客のみならず、地元の人達にとってもうれしいことだろう。私達が訪れたサヌールビーチには、地元の人達や子供達が歓声をあげながら、気持ち良さそうに水浴びをしていた。この美しい海岸をいつまでも大切にしてほしい。





《 総 括 》

訪問日:平成19年7月21日(土)〜平成19年7月28日(土)

インドネシアにおけるODAは役立っているかと疑問には、素直に「役立っている」と言うことができる。インドネシアの人々は感謝の気持ちで私達視察団を迎えてくれた。共同井戸の設置が、人々の暮らしを以前に較べ楽にしたことは事実である。ジャワ島中部地震で倒壊した小学校や中学校の生徒達は、新校舎の完成を心待ちにしている。この子供達の記憶の中に、日本という国はずっと生き続けるに違いない。また今回の視察で、あの美しいバリ島の海岸が、日本の援助により復元されていたことを初めて知った。

 次に、ODAを最大限に活用するために必要なものは何か、視察を通してわかったことがあった。ジャカルタ漁港、砂防ダム、マングローブの保全、バリ海岸の保全と、日本人技術者が関わり、情熱を持って取り組んでいた。インドネシアという国を思い、慈しみ、最も良いものを作ろうという意気込み、心意気を感じた。その心なしにはODAは活かされない。このような日本人技術者がいることを誇りに思う。また、ジャワ島中部地震で傷ついた人を、青年海外協力隊の若い隊員達が親身になって手当をしていた。人々の心に灯った温かい気持ちは、やがて国と国との友好という大きな光になるだろう。物や資金も必要だが、人々の心に残る援助こそ、ODAを最大限に活かすものであると感じた。

 最後に今後の課題であるが、援助を受ける側の自立の問題がある。いつまで、どこまで援助するかという問題は、慎重に考察しなければならない。援助が終わった後のことを考慮し、現地の人が自分達で管理・運営できる体制作りや、技術教育に関する支援を、今後も継続して行う必要がある。